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長編小説第二弾
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短編小説
自転車とラムネ
日本海で育った女のストーリー
海野和子(うみのかずこ)。漁師の子として生まれ、貧乏ではあるが家庭は幸せだった。しかし和子が中学3年生の時、父親が漁に出たまま消息不明となる。そのショックから母親は寝込みがちになり、やさしい彼女は悲しみにくれる間もなく、母親と幼い弟を助けるために高校進学を断念。昼間はOLとして働き、夜はスナックでアルバイトをして生活費を稼ぐ。
そして和子が19歳の春に母親が再婚することになった。そのおかげで生活は随分楽になるのだが、やさしかった本当の父の事を思うと彼女の胸は痛むのだった。彼女は決心した。兼ねてから憧れていた都会へ行くことを。
真面目な性格から仕事もすぐに見つかり、一人暮らしの生活も少しづつ楽しく思えるようになる。月日は流れ、和子にも好きな彼氏ができた。21歳の時である。純粋だった彼女は男に尽くす。それが女の幸せであるかのように…。彼女は結婚を望むのだが、男の態度はハッキリしない。3年…5年…と年月が流れる。それでも和子は不満を口にすることなく待った。愛していたからだ。
だが思いもよらなかった悲しみが彼女にふりかかる。なんと男は金持ちの令嬢と結婚したのである。初めて好きになった男に裏切られた彼女の心の傷は深い…。辛い日々が続いた。
さらに時が経ち、なんとか立ち直った彼女の前に新しい男が現れる。そして2年の交際を経て結婚する。これで父が生きていた頃のような幸せな日々が訪れる、そう彼女は信じていた。しかし、和子が一生懸命尽くしてくれるのをいいことに男は働かなくなる。そればかりか酒におぼれるようになり、彼女に手をあげることもしばしば…。それでも彼女は口ごたえすることなく、涙を浮かべつつも男につくした。父と過ごしたあの家庭を夢見て…。
ある日、和子が仕事から戻ると男は消えていた…。男だけではなく家財道具全てが消えていた。結婚してわずか2年だった。後日男から離婚届のはいった封書が届く。それが男からの最後の便りだった。和子29歳。
時を同じくして、疎遠になっていた弟から速達が届く。“ハハキトク”。彼女は夜行に乗り込み、生まれ育った日本海を目指す。夜は特に冷え込む晩秋の頃であった。
だが母はすでに冷たくなっていた。その日彼女は母親の亡骸にしがみつき泣き続けた。
すっかり精気をなくした彼女に初老の男が声をかける。父と仲が良かった源さんである。源さんはやさしく、そして力強く和子に人生を語った。周りの漁師達も彼女をはげます。この時初めて和子は気付いた。都会にはなかった暖かい風が、この漁師街には吹いていることを…。
さらに和子は源さんに驚かされる。源さんの提案で、組合の漁師達がくつろげる飲み屋が作られ、雇われ女将として和子に来てくれないかというのだ。日に焼け、シワが深く刻み込まれた漁師達の顔を見て彼女は決心した。
「私で役にたてるのなら、喜んで。」
彼女の人柄のおかげで店は繁盛していた。そこには漁師達の笑顔があり、歌があり、和子のやさしさがある。
ある中秋の夕暮れ、和子が開店の為の支度をしていると引き戸が開けられ、一人の男が現れた。初めて見る顔だ。
「あいすいません。まだ支度が整ってませんが、それでもいいですか?」
「すまねぇ。熱燗一本あればいい。」
男はボソっとそう言った。辛口の熱燗を手酌で飲み、時折窓の向こうの海を眺めるだけで何もしゃべらないこの男に和子は興味を持つ。
その男はそれから時々顔を見せるようになった。だが相変わらず無口で、海を眺めながら熱燗を飲むだけである。和子は無口ではあるが、暖かい雰囲気を放つこの男に惹かれはじめていた。
「お客さん、お名前だけでも教えて頂けません?」
そういうと彼女は和服の袖をつまみ、カウンター越しに名刺を差し出した。
「私、和子。」
男はしばらく考えていたようだが、革ジャンの内ポケットから名刺を一枚取り出すと、無言でカウンターの上にソイツを置いた。
「これ、お客さんの名刺?」
男は黙ってうなずく。
「オチャメな…中年…さん?」
和子31歳。
太平洋に面した街で育った女のストーリー
大平洋子(おおひらようこ)。ヨーコは海沿いの街で貿易商を営む父と、服飾デザイナーの母との間に生まれた一人娘である。家庭は経済的にはかなり恵まれていたが両親は仕事が忙しく、あまりヨーコにかまってやれなかった。ヨーコはそんなさみしい少女時代を過ごす。心の透き間が油断を与えたのか彼女が中学2年の時、不良グループに誘われるまま行動を共にするようになる。高校生のヨーコはレディース(暴走族)の3代目総長を務めるまでになっていた。容姿端麗の彼女に言い寄る男は数知れず。だがみんな彼女の身体が目当てだった。そんな男達を見てヨーコは、本当の自分を心の奥底にしまい込んでしまう。
ヨーコが20歳の時、両親は離婚。彼女自身このままではいけないと父親の伝で会社勤めをするが、本音で生きてきた彼女にとって、たてまえばかりの会社組織についていけるハズはなかった。その間にもヨーコは色々な男と交際をしたが、相変わらず長続きはしなかった。さらに普通の男の頼りなさを痛感し、ヤクザと付き合うこともあった。生活は益々すさんでいく。
そんなヨーコの噂を聞いた元レディース2代目総長のレーコが救いの手をさしのべる。レーコが経営するクラブで働いてみないかというのだ。そしてヨーコはたちまち人気No.1ホステスになった。面白いようにお金が手に入り、ブランドの服や宝石を身につけた彼女はより一層美しくなっていく。それが飾られた美しさであることに気付かずに…。
仕事の為だと割り切って、彼女はスケベなオヤジ達を相手に愛想良く振る舞う。そして25歳の初夏、ヨーコは自分の店をオープンさせる。きらびやかな装飾品で飾られた店内に客が途絶えることはなかった。順風満帆の船出であったが、年齢がそうさせるのか彼女の心にすきま風が吹き始める。それが何なのか解らないまま、不安をかき消すように働き、その疲れを癒すためにホストクラブに通いだす。本当の優しさをしらないヨーコにとって、ホストクラブの男達は優しかった、いや優しく感じた。次第に毎日通うようになり、お酒の量もどんどん増えていく。ところがある日、お気に入りだったホストが急に居なくなっていた。
「あれだけ貢いだのに…。私に一言も無しに店をやめるなんて…」
その日、ヨーコはあびるように酒を飲んだ。全てを忘れるかのように、店から店へと渡り歩いては酒をあおる。
「男なんて…」
5月の終わりの夜のネオン街を彼女はフラフラとさまよっていた。すっかり人影もまばら。とある路地裏にさしかかった時、ヒールのカカトが音をたてて折れ彼女は倒れた。そしてヒールと一緒に彼女の心の中の何かも音をたてて崩れた。涙がこぼれた。止めどなくあふれてくる。ヨーコは立つことも忘れて泣いた。
「ねえさん、立てるか?」
彼女が驚いて見上げると、そこには男が無愛想な顔をして立っていた。
「ほっといて…」
と言い終わらぬ内に男の手がヨーコを支え上げる。
「なによ。私と遊びたいの?」
男は黙って彼女を連れて歩き出す。大通りに出ると男はタクシーをつかまえた。座席に彼女を座らす。
「いいわ。どこでも行ってあげる。」
だが男は車に乗り込まずに運転手に言った。
「大将、すまねえが彼女のウチまで送ってやってくれ。」
ドアが閉まる。
「な…なによ、ソレ。」
男の顔を睨み付ける。
「大将、迷惑がかかるような事があったらココに連絡してくれ。俺が責任を持つ。」
そう言って名刺を1枚渡す。男を残して車は走り出す。ワケがわからず戸惑うヨーコだったが、心の奥で暖かい何かを感じたのだった。
「運転手さん、さっきの名刺みせてくれる?」
名刺を受け取ると彼女は背もたれに身をゆだね、美しいしぐさで足を組んだ。
「オチャメな中年…か。」
ヨーコ27歳。
瀬戸内海で育った女のストーリー
瀬戸内絵里香(25歳)。穏やかな瀬戸内海に面したとある街で生まれたエリカは、仲のよい両親のもと妹と幸せに暮らしていた。中学生になった彼女はテニス部に入部し、練習に明け暮れる日々を過ごす。明るくてやさしいエリカを慕う友人も多く、忙しいけれど充実した中学生生活だった。
クラブ活動にも慣れてきたエリカは練習の合間、何気なくグランドを走り回るサッカー部を眺めていた。そしてその中の一人の男子生徒に心を惹かれる。風になびく髪、陽に焼けた精悍な顔、ほとばしる汗、爽やかな笑顔。彼女の胸はキュンと締め付けられる。初恋だった。エリカ13歳。
しばらくして、彼が一年先輩の中田年英(なかたとしひで)だと知る。
ある日の夕暮れ、エリカは一人で部活の後かたづけをしていた。倉庫にしまうためにネットやボールを両腕いっぱいに抱えて歩く。
「持ってあげるよ。」
驚いて振り向いた彼女は顔を赤らめた。中田先輩だったのだ。
「あ…いえ…大丈夫です。」
エリカはうつむき加減で答える。
「俺、女にはモテないけど、荷物くらいなら持てるぜ。」
オチャメな人…彼女はそう思った。
その日を期に二人の距離は縮まっていく。そして彼女が中学2年の春、中田は卒業式の日に学生服の第二ボタンをエリカに渡し、交際が始まる。誰もがうらやむくらい二人の仲は良く、お互いの親までもが認め合うほどだった。1年…2年…3年と月日を重ねるごとに二人の愛は確かなものになっていく。
大学受験を控えたエリカに、
「大学を卒業したら結婚しよう」
彼はそういって指輪をプレゼントした。決して高価なものでは無かったが、エリカにとってその指輪はどんな宝石よりも輝いて見えた。そして彼の胸にそっと引き寄せられ、夕日に包まれながら口づけを交わす。エリカの長い黒髪が風に揺れた。 だが幸せな日々は永遠では無かった。中田と同じ大学に通うエリカが19歳の夏…。中田はオートバイに乗っていて事故に遭い、帰らぬ人になる。訃報を知らされたエリカは病院に駆けつけると、冷たくなった彼の身体を抱いて泣き崩れた。生きるすべを失ってしまったエリカの涙は、中田の葬儀のあとも枯れることは無かった。もしもこの世に神が存在するのなら、彼をエリカのもとに返してやってくれ…、と両親をはじめ周りの人々もそう願ってやまなかった。
時間(とき)が全てを解決してくれる…彼女自身そう信じたかったが、エリカの心は癒されないまま6年の歳月を経る。自分を気遣ってくれる人達を悲しませないように努めて笑顔を作る彼女だったが、一人になると自然に流れ出す涙を止めることは出来なかった。休みの日になると、彼とよく過ごした小さな浜辺に行き、いつまでも海を眺めていた。そして中田の命日だったその日も、墓参りを済ましたエリカは浜辺に居た。彼とよく泳いだこの海…、彼と花火をしたこの浜辺…。走馬燈のように次々と浮かび上がる彼との思い出に、今日もまた大粒の涙が彼女の頬を濡らすのだった。こらえようとすればするほど涙はあふれる。
「涙を拭きなよ。」
突然エリカの目の前にハンカチが差し出される。驚いて顔を上げると男が一人そこに立っていた。男は優しい眼差しで彼女にハンカチを渡す。男は立ち上がって何か言おうとしたエリカを制止すると、きびすを返し夕日の中に消えていった。呆然と男の後ろ姿を見送るエリカだったが、彼女の心には男の澄んだ瞳が写真のように焼き付けられていた。手には男が残していったハンカチ。エリカはハンカチの刺繍に気付く。
「オチャメな…中年?」
エリカ25歳。